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生命科学者からみた「サムシング・グレート」の世界 村上和雄 連載 ⑨

  • 執筆者の写真: 心と遺伝子アカデミー
    心と遺伝子アカデミー
  • 6月5日
  • 読了時間: 3分

3章 遺伝子と魂の関係


 1.     アルコール依存症の遺伝子


 人類がアルコールをたしなむようになったのは、いつ頃からだろうか。新石器時代には果実の発酵酒があったとされる。エジプトのピラミッドからは酒壺が見つかっており、紀元前5千年以上も前から、酒を愛飲していたらしいのだ。


 日本でも、縄文時代前期(紀元前4千年頃)から酒造りが始まったと推測されている。昔から、酒は神祭りに、欠かせない神饌であった。祭りの日には、お下がりのお神酒を神様と共にいただく習慣が根づいてきた。つまり、神人一体となって饗宴したのだ。

アルコールによる酔いは、魂が浮遊するような心地よさを伴いる。しかし、その境地も、かつては折節の「ハレの日」にしか味わえなかったのだ。


 ところが、近代に入って、アルコールの大量生産が実現すると、日常的に酒を飲むようになり、アルコール依存症という落とし穴にはまる人が続出してきた。つまり、現代は「神なき饗宴」が常態化した時代なのだ。


 いま、わが国の飲酒人口は6000万人を超えている。「酒は百薬の長」といわれるように、適正な飲酒の効果は医学的にも証明され、ストレスの軽減はもとより、心血管系疾患などの死亡率を低下させる効用も明らかになっている。


 一方で、その害は深刻だ。アルコール依存症(アル症)患者は292万人(厚生労働省 2019)といわれ、その予備軍は1600万人と推測される。アルコールの害は、臓器に障害をもたらすことにとどまらず、飲酒運転による事故や、家族の崩壊などを引き起こす場合も少なくない。


 ところで、アルコールという物質は、なぜ依存症を生みやすいのか。サルを使った実験(柳田 1989)によると、精神依存の度合いは、カフェインを1とするとき、ニコチンは8-16であるのに対して、アルコールは32-64もの数値を示す。これは薬物中毒で知られるモルヒネと同程度であるから、いかにアルコールへの依存状態から脱却しにくいかがわかるだろう。


 とはいえ、アルコールを同じように摂取しても、依存しやすい人と依存しにくい人がいる。その体質の違いは、遺伝子に原因があることがわかってきた。


 アル症のカギとなる遺伝子GABAG3が、見つかったのだ(Dick, et al. 2004)。この発見により、アル症になる素質は、遺伝的要因によって決まることがはっきりした。しかしアル症の遺伝子を持つからといって、その人が必ずしも依存症になるわけではない。その人が飲まなかったら、依存症にはならないからだ。


 これは至極当り前のことだが、重要な意味をはらんでいる。つまり、「飲める・飲めない」は遺伝子によって決まるとしても、「飲む・飲まない」は自分が決めるということだ。


 言い換えれば、アルコールを絶対口にしないという強い意志が、生得の遺伝的要因に勝るということであり、人は遺伝子のみに左右される存在ではないことを意味している。このことは、私の研究分野である心の働きと遺伝子との相互作用にも通じるところがあるように思われる。

 

出典: Spirituality as a Way: The Wisdom of Japan 2021



 
 
 

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