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ポジティブ心理学について

 村上和雄先生は、「致知」のなかで、ポジティブ心理学についての思いを掲載いたしました。

その一部をご紹介いたします。

ポジティブな心の研究を始める

 私は四十年に及ぶ研究生活で、「思いが遺伝子の働きをオン/オフにする」と確信するようになり、1997年に出版した自著『生命の暗号』(サンマーク出版刊)でもそのことについてふれました。

 すると、思いがけないほどの反響があり、「すべてが遺伝子レベルで決められている」と思い込んで、憂鬱になっていた人たちから、「遺伝子にオン/オフがあると知って気が楽になりました」という感謝の言葉をたくさんいただいたのです。

 私はその著書を書いた2年後に、筑波大学を退官しましたが、多くの一般の人たちが遺伝子に興味をもっているのを知って、この方面の研究を続ける決意をし、一つの仮説を立てました。それは次のようなものです。

 「感動、喜び、イキイキワクワクすることが、よい遺伝子のスイッチをオンにし、悲しみや苦しみ、悩みが悪い遺伝子のスイッチをオンにする」

そして、これを証明するため、「心と遣伝子研究会」を立ち上げました。そして、楽しいこと、うれしいことにふれて、イキイキワクワクすれば、いい遺伝子のスイッチがオンになるはずだ・・・とポジティブな心の研究に踏み出したのです。

 そして、ちょうど時を同じくして、アメリカではポジティブ心理学が幕を開けました。

  1. ポジティブ心理学 その背景

 ポジティブ心理学は、1998年に当時ルベニア大学心理学部教授のマーティン・E・P・セリグマン博士が、米国心理学会会長に選任された際に、創設されました。

 出身の哲学から心理学に転じたセリグマン博士は、「人間が人間らしく幸せに生きるにはどうしたらよいか」を研究の対象にしていました。そして、ネガティブに陥った状態から如何に回復できるかに焦点を絞り、長年にうつ病や学習性理論の心理学研究の第一線で活躍されていました。彼が提唱した「学習性無力感」理論は現在もうつ病や、PTSD(心的外傷後ストレス障害)のモデルとしてこの分野の研究に貢献しています。

 学習性無力感とは、人間や動物が、抵抗も逃げることもできないストレスに長期間さらされると、その状況から逃れようとする努力や行動さえ行わなくなる状態に陥ること状態を示します。それは、「何をやっても無駄」「何をしても意味がない」という無力感を学習することであり、「あきらめ」は学習したことによるものだということを発見したのです。彼と同僚のスティーブン・F・マイヤーは次のような実験をしました。電気ショックの流れる部屋に2匹の犬を入れ、1匹にはスイッチを切ると電流が止まる仕掛けを施した環境、もう1匹は何をしても電流が止まらない環境にする。この結果、仕掛けがある方の犬はスイッチを押すと電流が止まるということを学習し、スイッチを積極的に押すようになった一方、仕掛けのない犬は最終的に何の抵抗ももしなくなったのです。

 それだけでなく、しきりを飛び越えるだけで電流から逃れられる部屋に移したところ、前者の犬は早々にしきりを飛び越えたのに対して、後者の犬は何の行動も起こしませんでした。

 このように、自分が何をやっても結果が変わらないと学習することで、どんな状況に対しても行動を起こさなくなってしまうことを「学習性無力感」と言うのです。

 それでは、このような精神的疾患の原因究明や対処法を研究テーマとしていたセリグマン博士がポジティブ心理学を設立し、ネガティブな研究から方向展開したのは何故なのでしょうか。

 セリグマン博士は、自らもうつ病の方々のカウンセリングも行っていました。その中で、どんなにうつ病を克服したかに思えた方も、また何らかのきっかけで症状が戻ってしまうことに疑問を抱くようになったのです。彼の著書『世界で一つだけの幸せ』に述べています。「心理学はここ半世紀というもの、うつ病や統合失調症、依存症といった心の病だけに注目し、その研究に取り組んできた。その結果、症状の特徴、進行状況、さらには発病の原因が、かなりの精度で解明された。何よりの進歩は、現場にたずさわる医師たちが、患者の症状を和らげる方法を修得したことである。」と。

2.ポジティブ心理学の芽生え

 しかし、患者に生きがいを与えることを重視してこなかったため、症状こそ和らいても、患者はみじめな人生を送っているという現実がありました。そんな現実に直面し、セリグマン博士は、考えたのです。「人は弱点を補うだけでは幸せになれない。自分自身のマイナスの部分をなくす方法を考えて悲惨な状況に陥っていくよりも、プラス部分をさらにステップアップする方法を考えたほうが、人は幸せになれるのではないか」と。例えばうつの方は-5の不安を-2に減らすことは難しいのですが、+2の得意で楽しい部分を+7に増やすことは負担もなく、トータルで幸せになるということです。

 20世紀の心理学はフロイトの理論が心理学や精神医学に深く浸透しているとセリグマン博士は述べています。フロイトは、人間はさまざまなネガティブ感情を持っていて、その感情を抑えようと葛藤するエネルギーが行動と結びついていると主張しました。競争心旺盛なビル・ゲイツが成功に至ったのは父親を超えたいという願望のあらわれであり、あなたが奉仕活動をするのは、自分の存在感に対する不安や何かに対する怒りを抑えるための結果ということになるのです。それ故に、診療の場では、症状の原因を特定するために、患者の過去や幼児期の出来事が徹底的に洗いだされ、そこを克服するような治療方針をとることになるのです。セリグマン博士はそこに疑問を抱きました。人間は善悪双方の特徴を受け入れて進化してきており、その二面性を捉えることが大切であると考えたのです。

 「ただ苦悩を和らげるだけでは、苦しみ、不幸になっている人びとを、本当の意味で救うことはできない。人はどん底にあっても、誠実さ、生きる目的や価値を、必死になって求めている。何か問題が起きたときに本当に必要なのは、苦しみを理解して和らげることではなく、その人の幸せを理解し築きあげることである。」という考えに至ったのです。最高のセラピストとは、ダメージを癒すだけではなく、それぞれの患者のポジティブな特性を見つけだし、築きあげる手助けができる人だと。そして、誰もが元来もっている本人の特別な能力を自覚し磨きあげ、それらを日々の仕事や営みに役立てて初めて、本物の幸せを手に入れることができるのだと考えたのです。

 セリグマン博士は、人間の心はいつでも変えられる。人びとの願いをかなえるもの、それが私の提唱する「ポジティブ心理学」であると述べています。

 現実には、幸せを追求することなど、科学的根拠もなく不可能だとされていました。ポジティブ心理学は、この仮説を実証するための、セリグマン博士と共に発起人として関わった、米国を中心とする心理学者たちによって、分野の方向性が形成され、研究が推進されてきました。​

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